ミュージカル『VIOLET』2024年再演決定!演出家・藤田俊太郎さんのスペシャルインタビュー前編~単身渡英・2019年ロンドン公演で感じたこと~
こんにちは!梅田芸術劇場公式note編集部です。
2024年4月に東京芸術劇場プレイハウス、大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて、ミュージカル『VIOLET』が上演されます!👏
ミュージカル『VIOLET』は、150年以上の歴史を持つ英国チャリングクロス劇場と梅田芸術劇場が共同で企画・制作し、演出家と演出コンセプトはそのままに、2019年「英国キャスト版」と2020年「日本キャスト版」が各国それぞれの劇場で上演された作品。
新進気鋭の演出家・藤田俊太郎さんが単身渡英し、ウエストエンドで数々の作品を手掛ける一流のクリエイティブスタッフ、キャストと共に約6週間の稽古を重ね、チャリングクロス劇場で約3ヶ月の興行に挑みました。
この2019年ロンドン公演は、オフ・ウエストエンド・シアター・アワードで6部門にノミネートされ、日本人演出家の作品が、栄誉ある「作品賞」候補に選ばれる快挙となりました。
その後2020年には、コロナ禍での中止を乗り越えて3日間限定で日本での「日本キャスト版」を上演。藤田さんはこの年、第28回読売演劇大賞最優秀賞演出家賞、第42回松尾芸能賞優秀賞を受賞されました。
そしてこの度、2024年の再演に向けて始動!
先日新キャストが発表されたりと、期待が高まっています。
今回は上演に先駆けて、演出を担当する藤田さんにお話をうかがいました!
このインタビューは、前編と後編の2回にわたってたっぷりお届けします。
まず前編は、2019年のロンドン公演について、単身渡英された時のお話です。
ミュージカル『VIOLET』という作品はどのように作られていくのか。
藤田さんの作品への想いが伝わり、『VIOLET』を観るのがもっと楽しみになるインタビューになりましたので、
既に作品を観たことがある方も、まだ観ていない方もぜひご覧ください!
あらすじ
1964年、アメリカ南部の片田舎。
幼い頃、父親による不慮の事故で顔に大きな傷を負ったヴァイオレットは、25歳の今まで人目を避けて暮らしていた。
しかし今日、彼女は決意の表情でバス停にいる。あらゆる傷を癒す奇跡のテレビ伝道師に会うために。西へ1,500キロ、願いを胸に人生初の旅が始まる。
長距離バスの旅でヴァイオレットを待ち受けていたのは、様々な人と多様な価値観との出会いだった。
ヴァイオレットの顔を見た途端、目を背ける人々。最初の出会いとなった南部出身で白人の老婦人。運命的な出会いを果たす黒人兵士フリックと白人兵士モンティの対象的な二人の男性。思いがけない正体を現したテレビ伝道師。追憶の中にあらわれる父親。
これらの出会いによりヴァイオレットの中で何かが少しずつ変化しはじめる。
長い旅の先に彼女が辿り着いたのは―
藤田俊太郎さんインタビュー~前編~
今回note編集部員が訪れたのは、都内のとあるスタジオ。
この日は主役・ヴァイオレットの子供時代を演じるヤングヴァイオレット役のオーディションが行われていました。
その一部を見学したのですが、参加者は自分が演じる番でなくても、ただ待つのではなくバスの乗客としての演技をしていたり、その場で藤田さんがアイデアを出してもう一度トライしてみたりと、
ワークショップのようにオーディションが展開されていました。
――オーディションで何か心がけていらっしゃることはあるのでしょうか?
いわゆる一方通行にならないように、という想いはあります。
特にこのヤングヴァイオレットという役が、舞台上で物事を俯瞰している存在になっていて、ヴァイオレットがバスで旅をしている時には、子供の時の顔に傷を負う前や、傷を負った直後のかつての自分の姿が鏡のように現れ、それらを乗り越え、最後にはヤングヴァイオレットの姿も消える。
顔の傷自体はなくならないけれど、心の中の傷が消えていて、ヤングヴァイオレットもヴァイオレットから遠のいていくことが、この『VIOLET』の台本の構造になっていて、それが面白いところです。
実は途中でヤングヴァイオレットが舞台上にいて、ヴァイオレットがかつての自分に見つめられている、という逆転した瞬間もあるんですよね。
その自分に見る・見られるという、鏡のようになっているシーンを作りたいと今回も思っています。
そうすると、どういうふうに物語を見ているのかが重要になるので、このオーディションは特に、そういう場に対する存在感や佇まいを見たいと思いました。
――この作品は、冒頭からヤングヴァイオレットが出ていますよね。
そして最後のシーンにもいますからね。あともう一つは、この作品はヤングヴァイオレットの旅でもあるということ。
父親との関係をどう融和していくか、既に死んでしまった父親とヤングヴァイオレットが、本当はこういうふうに向き合いたかったという願望の旅でもある。
ヤングヴァイオレットの存在がとても大事だと思います。
『VIOLET』という作品の魅力
――次に2019年のロンドン公演についてお伺いさせてください。
なぜ『VIOLET』という作品を取り上げることになったのか、『VIOLET』という作品の魅力を改めて教えてください。
2019年に梅田芸術劇場とチャリングクロス劇場の日英共同プロデュース公演、英国初演作品としてスタートしました。
今あらためて思うと、梅田芸術劇場さんの挑戦は凄いと思います。『VIOLET』の後も国を越えてコラボレーションをたくさんされていますよね。今も『太平洋序曲』を英国で上演しています。
世界の共通言語として演劇・ミュージカルを作っていけるという考え方が元々おありだと思うので、この垣根を飛び越えて、多くの海外のアーティストやプロデューサーとお仕事をされている。
この激動のコロナ禍を経て、多くのプロジェクトを進めていらっしゃるのは本当に素晴らしいことだと思います。
だからもしその一端といいますか、私が演出家として担えたのであれば、とても嬉しいと思います。
今、振り返ると2019年「英国キャスト版」企画開始当初は手探りだったと思います。
チャリングクロス劇場・芸術監督で、この企画のスーパーバイザーでもあったトム・サザーランドさんと、梅田芸術劇場のプロデューサーの皆さんと演目を選ぶところからスタートし、そして版権を取れるタイミングや上演できる時期も、話し合いながら進めていきました。
上演が決まった時、英国、日本のお客様に共に届く普遍的なテーマと素晴らしい音楽を併せ持つ作品を演出できる喜びを強く感じました。
『VIOLET』の魅力で言うと、1964年というアメリカの激動の時代が舞台ですが、これはアメリカだけではなく、世界中が激動だった時代。
ヴァイオレットの意志の強さや、物語性も豊かですし、さらにアメリカのルーツ音楽に根ざした豊潤な音楽で作品全体が表現されていることが素晴らしく魅力的で、戯曲も音楽も共にとても素敵です。
ヴァイオレットは不慮の事故で父親から受けた傷を癒したい、ということを旅の目的としています。その旅をする中でいろんな人に出会って、いろんな価値観を得ていく、成長して、人間になっていく。
1960年代は、女性がどう権利を獲得したのか、自分の生きる価値観をどう見出していくのかが変わっていく、もしくは旧価値観を変えようと多くの市民が格闘し、女性だけじゃなくて迫害されたものや人種差別への見方が変わっていく時代でした。
私はこの作品を通して60年代に何があったのか、そして女性がどう生きたのかということを、女性の目線や在り方を通して時代を再検証、再構築したり、生きること、新しい価値観を発見したりすることができるのではないかなと考えています。
――1997年にオフ・ブロードウェイで『VIOLET』が上演されてから、2019年に藤田さんが演出される時まで間が空いていたと思うのですが、何かそこに対する不安とかはありましたか?
いや、それはなかったですね。作品に出会うタイミングはいつも運命的なものだと思っています。
ブロードウェイの作品は、演出をそれぞれ独自のものにしても良いという、いわゆる“ノンレプリカ版”になる作品もあるし、最後までオリジナルの演出だけで世界中で上演してください、という作品もあります。
僕は演出家ですから、不安よりも演出できる機会に出会える喜びが全てかなと思います。
『VIOLET』は元々知っていた作品ではありましたが、細かい内容までは分かっていませんでした。作品のタイトルと、音楽、作品に対するイメージはあったのですが、台本を読んだことはありませんでした。まず作品に接して、その豊かさに感動したというところがスタートでした。
藤田さん単身渡英時に感じたこと
――その後、お1人で渡英された時のことを振り返って、苦労されたこと、学ばれたこと、価値観や考え方が変わったことなどがあれば教えてください。
まず、価値観は根本から変わりました。考え方や演劇の創り方、方法論、もの作りに対する取り組み方とか、今まで自分が全く知らなかったメソッドを持ってらっしゃる皆さんに接し、根本から変わったことがたくさんあります。
でも同時に自分が今までやってきたことが確かだったということも再認識できました。
日本だから遅れている、英国だから進んでいるという考えはなく、英国には英国の考えがあって、日本には日本の演劇・ミュージカルの歴史があるわけですから、それが良い悪いではないと実感しました。
ただ、違うことを発見出来て非常に新鮮でしたし、考えが根本から良い意味で覆る時間だったと思います。
そして当時を思い出すとまず浮かぶのが、カンパニーのみんながすごく優しかったってことですね。
お仕事をご一緒した1人1人を挙げるときりがないのですが、お一人だけ。ヴァイオレット役を演じた、カイザ・ハマーランドさん。
彼女はスウェーデン出身でして、他のカンパニーの方も、英国ではない場所から演劇やミュージカルの夢を見て、みんなロンドンにやってきているわけですよね。すごく強い意志を持っていて。
それを知ったのは、稽古の途中、数日のクリスマス休暇があって、その時にみんな自分の国に一度帰ってクリスマスを祝って、それからまた戻って稽古再開をした時です。
いわゆるニューイヤーではなく、クリスマスのタイミングでみんな祖国に帰ったことを聞いた時に、カンパニーの中だけでも多くの方が自国ではないところから、このウエストエンドという演劇の街にやってきているのだと知りました。
すごく感銘を受けたのと、だからみんな優しかったのだと。日本からやってきた演出家に対してすごく気遣って、稽古の進行も合わせてくれました。
そんな風にカイザさんを中心にみんなが、私と創作する時に優しく接しよう、ゆっくり進まなければ、と思ってくれました。
――それはやり方を含めて、お互いの考え方をすり合わせてくっていうところに関しても一緒に進められた?
はい。全ての瞬間そうでした、と私は思います。もちろんトム・サザーランドさんの仕事にも感謝しています。
一緒に進められた、価値観を交歓できた一方、やはり自分の力の足りなさも実感しましたよね。まずは言葉のコミュニケーション。言葉の演劇の国のイギリス・ロンドンで、英語の真髄が分からない私には、そのポイントでは正直歯が立たなかったです。
英国には古くからシェイクスピアの作品があり、言葉で演劇を作ってきた国なのだなと、改めて思ったんですよね。
私はビジュアルや発想力とか、構成力は持っていたとして、それは演出家として必要な力の一つだと思います。しかし、言葉で格闘したり、融和したり共鳴したりしていくっていうことがないと、やはり共同創作には膨大な時間がかかると感じました。
カンパニーのみんなが「彼が何をやりたいのか」を共有し、ディスカッションしながら深めていくと決めてくれたことが、このカンパニーの一体感を生んだ要因だと思います。彼ら彼女たちの優しさが全てです。
――言葉の壁がそもそもある中で舞台を作っていくという点で、すごく苦労されたのだろうなと感じます。
苦労はもちろんですよね。良い苦労だし、苦労はすべきだと思うのですが、言葉の壁、そして言葉で演劇を創るということに対しての壁ではないでしょうか。
でも、もし2019年の英国キャスト版の公演に、演劇やミュージカルの新しい可能性が生まれていたならば、すごく嬉しいなと思います。私自身は今まで見たことがないような企画になって、日英の演劇の新たな交流の一歩になったのではないかと感じています。
2019年ロンドン公演の演出について
――そういった準備期間があった上で、ロンドン上演時にこだわったところがあれば教えてください。例えばチャリングクロス劇場を改修して対面式の回り舞台が作られたと聞いていますが。
梅田芸術劇場とチャリングクロス劇場の皆さんが、非常に大きな予算を割かなくてはいけない中、協議して舵を切ったっていうのは、とても画期的なことだったのではないかなと思います。
もちろん私の目に見えないところでの葛藤・苦労もたくさんあったと思うのですが、少なくともこの対面式舞台が実現した時に、この作品にあっている、とても理にかなっていると、確信しました。カンパニーの皆も大いに喜びました。
この作品をチャリングクロス劇場で上演するには、必要な設えだったと思います。
劇場そのものをバスに見立てて、お客様をそのバスの乗客に見立てながら、
この2時間休憩なしの旅を一緒にするという設えです。
――観客と舞台の繋がりやすさみたいな点でいうと対面式舞台は優れていると思うのですが、そういった観客と舞台の隔たりがないようにする、というのは意識されていたのでしょうか。
特にお客様にどう観せるか、音楽をどう聴かせるか、台詞をどう届けるか、に関しては各プランナーとも徹底的に話し合い、こだわりました。
モンゴメリー・バス・ボイコット事件が公民権運動のきっかけにもなった1960年代、黒人は市民が乗るバスの前方に座ることすらできなかった時代の空気感を、いかにお客様に当事者になっていただき、劇場空間で共有するかを徹底的に考えました。
差別はなくならず、その根本にあるのはアメリカ建国以来の人種差別、分断。
2019年当時、ロンドンはEU離脱に様々な議論があちこちで湧き、かなり揺れていました。
バスの乗客に誰もがなり得るっていう設えをすることで、当時の2019年のロンドンと、1964年のアメリカ南部を繋ぐことができるのではないかと考えました。
――舞台の周りにあえて形や種類の揃っていない椅子がバラバラに置いてあったのが印象的だったのですが、それは人間においてもそうで、人種なども人それぞれ、というところを表しているのかなと思ったのですが。
そうですね、これは美術担当のモーガン・ラージのアイデアでした。
私は、この作品でヴァイオレットがたどった道をグレイハウンド・バス(アメリカの長距離バス)で1週間の一人旅をしたのですが、
その時撮った写真でバラバラの椅子が積み上がったのがあって。それを見て、モーガンが「これいいね」と。
ヴァイオレットの故郷・スプールスパイン(ノースカロライナ州)から伝道師がいるタルサ(オクラホマ州)までという、ヴァイオレットが旅したアメリカ南部をそのまま旅してみたんです。
だから当然ヴァイオレットが見た可能性があるという景色を写真に収めています。
アメリカに行って得たものは本当に大きかったです。行ったのは2018年。
アメリカ南部には昔も今も変わらないと思える風景、空気があり、どういう環境でヴァイオレットやフリック、モンティが生きていたのか、をこの旅で体感できたと思います。
藤田俊太郎さんインタビューの後編は、2020年の日本公演について、そして来年2024年4月公演について、演出や新キャストに対して期待されていることなどを伺いました!ぜひご覧ください!
現在、梅田芸術劇場ネット会員では抽選先行受付中!
ぜひこの機会をお見逃しなく!
https://www.umegei.com/violet/index.html#ticket
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