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ミュージカル『VIOLET』日本語版ができるまで~翻訳・訳詞家にインタビュー!~

こんにちは!梅田芸術劇場公式note編集部です。

これまで公式noteでは、演出・藤田俊太郎さんのインタビューでミュージカル『VIOLET』をご紹介してきましたが、
今回は翻訳・訳詞の方にインタビューを行いました!

というのも、この作品の翻訳と訳詞、実は当社の社員が担当しているのです。

なぜミュージカルの作品に翻訳・訳詞として携わることになったのか、そもそもミュージカルの翻訳がどのように行われているのか、
そしてこの『VIOLET』を翻訳する上でどのような苦労があったのか、詳しく話を聞きました。

特に翻訳や訳詞については、先日記者会見で披露された楽曲、「♪マイ・ウェイ」にフォーカスし、その制作過程についても語ってもらいました。

これまであまり焦点をあてられることのなかった翻訳の世界にスポットを当てて、『VIOLET』の魅力を感じていただけたら嬉しいです。

先日の記者会見の様子はこちら👇


ミュージカル『VIOLET』の演出・藤田俊太郎さんのインタビュー等過去記事も併せてご覧ください👇



ミュージカル『VIOLET』の翻訳・訳詞を担当することになったきっかけ


梅田芸術劇場が初めて『VIOLET』に取り組んだのは2019年のロンドン公演でした。私は、その準備段階からプロデューサーの一人として携わり、ロンドン公演で英語を必要とする業務を主に担当していました。

その時、2020年の日本キャスト版初演の準備も同時に進めていたのですが、その際に翻訳・訳詞家がまだ決まっていなかったため、実は自ら立候補したんです。
というのも、会社に入る前からいくつかのミュージカルの翻訳や訳詞を手掛けたことがあり、プロデューサーとしての仕事以外にも、翻訳・訳詞に携わりたいという想いがあったからです。

当時私は20代の若手だったにも拘わらず、演出の藤田俊太郎さんが「やりましょう!」と言ってくださいました。そして、前例のない、社員による翻訳・訳詞という形を、当時のチーフ・プロデューサーと会社も許可してくれたんです。とても感謝しています。

ミュージカルの翻訳が作られるまで

通常、上演する作品を決めるのに、まずは主催者・演出家などが作品の内容を把握するために“下訳台本”を作成することが多く、それは作品の大きな流れを理解するための直訳に近い形のものです。

作品の翻訳・訳詞家が決まるのは、下訳台本が作成された後という場合が多いので、下訳台本と上演台本を同じ人が担当することはほとんどありません。ですが、『VIOLET』の時は、私が下訳台本を作った後に、日本公演の翻訳・訳詞も担当しました。

まず、下訳台本は、2019年ロンドン公演を藤田さんが演出されるにあたって、一行一行、英語の台詞や歌詞の隣に対訳を記した台本を用意し、これが下訳台本の役割も兼ねていました。

ですので、翻訳を作る際には既に一通り台本に触れていましたし、藤田さんが英国公演の稽古・上演を通して現地のキャスト・スタッフと深めた内容もある程度分かっていたので、その内容も加味することができたのは大きな財産でした。

(左)2020年公演の上演台本、(中央)2024年公演の上演台本、(右)2019年の英国公演の際に藤田さんも持参した、英語と対訳の並んだ台本

そして、翻訳・訳詞が一通り完成し、演出家と打ち合わせを重ねた後、歌詞と音楽が上手くマッチしているかを確認するための“訳詞検討会”を行います。

この検討会では、正確に楽譜通り歌うことのできる方(通常男女1名ずつ)をお呼びして、音楽監督や歌唱指導の方とともに、歌詞のはめ方を確認し、音楽に合った日本語詞になるように調整します。

ちなみに、作品によっては海外の演出家をお招きする場合がありますよね。その場合には、歌詞を再度英語に訳した“逆翻訳(バック・トランスレーション)”が重要な役割を担います。

日本語という言語の性質上、英語歌詞の1/2~1/3程度しか内容が入らないことがほとんどですので、大事な部分が抜けてしまっていないか、変わってしまっていないか、確認する必要があります。
演出家は“訳詞検討会”で、歌った時の日本語の響きを聴きながら、“逆翻訳”で意味を確認するのです。

台詞の翻訳に関しても、日本語として自然な表現になるよう言い回しを変え、ことわざやジョークなどを日本語に合わせる必要がある台詞も多数ありますので、やはりこの“逆翻訳”が重要な役割を担います。

今回の『VIOLET』のように、海外スタッフがいない公演でも、翻訳・訳詞に関して作品の権利者の承諾を得なければならないので、そのためにも“逆翻訳“が必要になります。
この承諾が得られれば、日本語の台詞・歌詞が出来上がるので、台本と楽譜が製本され、稽古前に各キャスト・スタッフに送られます。

稽古が進み、芝居を深めていく中で、新たな発見があった時には、常に見直しや更新が行われて、ようやく本番でお客様にお届けする日本語版の上演台本と歌詞が出来上がります。

『VIOLET』の楽曲と歌詞の魅力

次に、実際の楽曲と歌詞に焦点をあてて、お話ししたいと思います。

ヴァイオレットが出会う人物たちの多様性を象徴するように、様々なジャンルの音楽が登場します。
ミュージックホールの黒人シンガーはロックのナンバーを歌い上げ、ラジオからは白人のカントリーソングが流れ、伝道師のいるチャペルに到着すると聖歌隊のゴスペルの熱唱が聴こえてくる。

あらゆるジャンルの音楽が、それぞれの登場人物の人種や背景の違いを浮き上がらせるのです。

そしてアメリカを横断する中で、ヴァイオレットはいくつかの地域に立ち寄ります。それぞれの地域で生まれた音楽が流れると、劇場にいながらヴァイオレットと共に旅をしている感覚になると思います。

今回は、テネシー州のメンフィスでのシーンを例にお話ししてみましょう。ヴァイオレットは、長距離バスで知り合った兵士であるフリックとモンティと仲良くなり、3人はメンフィスに一泊します。

その土地に降り立ってすぐに近づいてくるのが、この地域のホテルで声掛けをしている一人の娼婦です。彼女はブルースのビートに乗せて「強く抱きしめて 誰でもいいから」と歌います。(「♪誰でもいい(原題:Anyone Would Do)」)

この曲には様々な効果があると思います。まず、ここでブルースが鳴り始めることで、メンフィスという土地に私たちは一気に引き込まれていきます。

そしてこの黒人音楽の歌を、メンフィスの住人として登場する唯一の白人が歌うというのも、とても大きな意味があると思います。しかもそれが、長い間どん底を経験してきたであろう、決して若くない娼婦だということも、もちろん偶然ではありません。

さらに、悲哀や苦悩を歌うために生まれたブルースは、娼婦の「誰でもいい」という感情を表現する上で最も適している音楽と言っても過言ではありません。

メンフィスでの夜が更けていくに連れ、ヴァイオレット、フリック、モンティの3人がそれぞれに抱えている孤独や寂しさが露わになっていきます。
それぞれの会話が進む中、その様子を娼婦が見つめ、ブルースのビートが鳴り続けます。

合間で響き渡る娼婦の悲哀の歌は、映画でいうところの挿入歌のように、3人の心情を表すものになっているのです。

このように一曲だけで、地域や人種・歌う人物の背景と心情・そしてストーリーの中心となる3人の心を代弁する役割を持つのは、ミュージカルならでは見事な表現方法だと思います。

当然その歌詞は、娼婦自身の想いであると同時にヴァイオレットたちの心も表す必要があるので、訳詞をする際にはそのようなこともとても大切にしました。

『VIOLET』の楽曲はどれもいろいろな魅力が詰まっていて、お話ししようと思ったら何時間でも語れるくらいです。

「♪マイ・ウェイ」について

「♪マイ・ウェイ」の歌唱映像はこちら👇

訳詞では、原詞の中でどの言葉が大事で、何を伝える必要があるかを解読して取捨選択することが重要となります。

作品の前半で歌われる「♪マイ・ウェイ(原題:On My Way)」でも、このような作業をしていきました。
私が訳詞をする際に大切にしていることの一つが、原語で聴いた時に感じた感覚や感情を、日本語でも感じてもらえるようにすることです。

この曲は、旅を始めたばかりのヴァイオレットが、バスで乗り合わせた他の乗客たちと一緒に歌う曲で、“ついに旅に出た”という高揚感が、一番大切だと思っています。

日本語は英語よりも子音の少ない言語なので、どうしても間延びして聞こえてしまうことがあります。そのため、高揚感とワクワク感をプラスできるよう、「不安を捨て去る」「飛び乗る」という、能動的で前向きな歌詞を使用しています。

また、「晴れた空見上げて」という日本語詞を使用しておりますが、原語にはそのような意味の歌詞はありません。これもサビ全体、あるいは曲全体から感じる広がりを、日本語詞において表現するために加えました。

演出の藤田さんとお話しした際に、この曲のサビで外せないキーワードは二つあるという話になりました。それが“Jordan River/ヨルダン川”“Promises/約束”です。

まずヨルダン川というのは、ヴァイオレットたちを乗せるバスが渡る川ではありません。キリスト教における“象徴”としての川で、旧約聖書では「ヨルダン川を渡った先には“約束の地”がある」とされています。

この歌詞を聴いただけでは、お客様にスッと理解していただくことは難しいかと思いますが、作品全体を通して“川”や“水”といったモチーフは、重要なテーマとして登場するので、旅に出てすぐのこの歌でも外せないものになっています。

また、“約束”も物語全編を通して出てくるキーワードなので、ヴァイオレットの決意表明の曲でもある「♪マイ・ウェイ」の中にこの歌詞を入れることは絶対に必要でした。

そして曲の構成上、原詞の “Promises that can’t go wrong(必ず果たされる約束)”と同じ箇所に、“約束”という歌詞を入れることも絶対条件でした。
そうすると、7音しかない場所に“やくそく”という4音の言葉を入れることになるので、残り3音で表現せざるを得なくなります。

悩みに悩んだ結果、辿り着いたのが「約束された」という歌詞でした。原詞とは意味が少し変わりますが、限られた7音の中でも感じる力強さが印象的で、これしかないと思いました。

ここから逆算して、一体何が「約束された」のかを考えます。
すると、曲の後半で、フリックと老婦人の2人が、それぞれ「主よ」と神様に語りかけて歌う箇所があり、その語りかけはこの「約束された」の箇所へと繋がっていきます。

ここで閃いたんです、約束されたものは「祈り」だと…!他の箇所に当てはめても成立したので、こうして「この祈りは 約束された」という日本語歌詞が出来上がりました。

このように、原語の意味がそのまま全て入るわけではないからこそ、意訳しながら、日本語詞としての表現として適切で美しいものを探っていくというのが、訳詞という作業なのです。

お客様に楽しんでいただきたいところ

顔に傷を負った女性の話であることとか、1960年代の人種差別に触れている物語だと聞くと、「暗くてシリアスな物語」という印象を受けられるかもしれないですが、実際には全く違うと思います。

とても強い意志を持った女性が、目的を持って旅に出て、その道中で自分と全く異なる人や価値観と触れ合う中で自分が変化していくという、とても前向きなストーリーだと思っています。

それに、とにかく様々なジャンルの楽曲が登場して、どの曲も魅力的です。作品・音楽ともに深くて楽しんでいただけるミュージカルだと思いますので、ぜひ劇場でご覧ください。

今回話を聞いた人…芝田未希
幼少期をロンドンで過ごし、大学時代にはスコットランドに一年間留学。ミュージカル現場の通訳や翻訳・訳詞家として活動した後、2018年梅田芸術劇場に入社。プロデューサーの一人として『CHESS the Musical』(2020)、『VIOLET』(2020)、『イリュージョニスト』(2021)、『ボディガード』(2022)などを担当。


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